蓮台寺柿を守り続けて35年 ― 76歳の大西さんが語る伝統と継承
昭和34年に天然記念物に指定された「蓮台寺柿」を、35年にわたって栽培し続けてきた大西さん(76歳)を取材した。収穫の最盛期を迎えた柿畑で、傾斜地での栽培の苦労、品種の特徴、そして次世代への継承について話を伺った。

大西さんが本格的に柿栽培を始めたのは、今から約40年前、36歳の頃だった。それ以前は原木シイタケの栽培も手がけていたが、昭和34年に天然記念物に指定された蓮台寺柿に将来性を見出し、柿栽培に専念することを決意した。
「天然記念物に認定されていたから、これはいいんじゃないかと思ったんです」と大西さんは当時を振り返る。その判断は的確だった。天然記念物指定以降、「伊勢の柿と言えば蓮台寺柿」というブランドイメージが確立されていった。

大西さんの柿畑には興味深い歴史がある。もともとこの土地は棚田だった。大西さんの父親が、余った土を使って棚田の傾斜地を柿畑に造成したという。急斜面という不利な条件を逆手に取り、土地を有効活用する天才的な発想だった。
現在、大西さんは5か所の畑で柿を栽培している。最初から5か所あったわけではなく、年々少しずつ増やしていった結果。この地域では比較的大きな規模での栽培となっている。

蓮台寺柿の最大の特徴は、品種改良されていない原種であることだ。約350年前の江戸時代から、接ぎ木によって同じ遺伝子が受け継がれてきた。元の枝を切って別の木に接ぐことで、品種を保ちながら増やしていく伝統的な手法だ。
品種改良されていないため、同じ木から実る柿でも形は実に多様だ。カボチャのような丸みを帯びたものもあれば、ツルツルと滑らかなものもある。「どんな形が出てきても面白い」と大西さんは語る。

形によって味も微妙に変わるが、基本的な美味しさは変わらない。気候による多少の違いはあっても、毎年安定した品質の柿が実る。この多様性こそが、現代の画一化された農産物とは一線を画す、蓮台寺柿ならではの魅力となっている。

収穫期の大西さんの作業量は想像を絶する。1日に20キロのケースを約15ケース、つまり平均300キロを収穫する。これを30日続ければ9トン、2ヶ月間フル稼働すれば18トンもの柿を収穫することになる。
しかもこれは現在の数字で、10年前のピーク時にはさらに多くの収穫があったという。
10年前、大西さんが66歳の頃が収穫量のピークだった。「元気な60歳を捕まえなあかん」という言葉が示すように、定年を迎えた60代が最も精力的に働ける時期なのだろう。76歳になった今も、大西さんは傾斜地での重労働を続けている。ここ5年、10年で大きな怪我や病気もなく、健康を保ち続けていることは驚異的だ。

大西さんの柿栽培を支えているのは、奥様の存在だ。結婚した当初から、夫婦で柿栽培に取り組んできた。お手伝いを雇うことはほとんどなく、基本的に二人で全ての作業をこなしている。
「母さんが何やるか決まってる」と大西さん。長年の経験で培われた阿吽の呼吸で、効率よく作業を分担している。二人三脚で、毎年18トンもの柿を収穫し、選別し、出荷する。その連携プレーは、40年の歳月が作り上げた芸術とも言える。

収穫した柿は主にJAを通じて市場に出荷される。
「1年分を、このシーズンで稼ぐんです」と大西さんは言う。
一次産業の多くがそうであるように、収穫期に集中して収入を得る生活だ。年に1シーズンしかない収穫。「人生であと何回収穫できるか」という問いは、大西さんにとって切実なもの。
年に一度の収穫。76歳の大西さんがあと何年続けられるか。その残された回数を考えると、時間の重みを痛感せざるを得ない。

大西さんは息子さんに「できれば継いでほしい」という想いを持っているが、現実は簡単ではない。
「息子が定年を迎えてから、やってくれたら」と語るが、柿栽培だけで生計を立てることの難しさがある。40代、50代で柿栽培を始めてしまうと、収入面で生活が厳しくなる可能性が高い。農業一本で十分な収入を得られる状態ではないため、定年を迎え、年金が受給できる年齢になってからの就農が現実的な選択肢となるのだ。
「世代交代が定年から」という気づきは、農業の抱える深刻な問題を浮き彫りにする。定年後からの世代交代では、残された時間は限られている。大西さんが76歳で、あと数年農業を続けるとしても、息子が定年を迎える60代になるまでには、まだ15年以上ある。
「今のうちに世代交代しないと」という焦りと、「でも収入面で厳しい」という現実の間で、多くの農家が同じジレンマを抱えている。「早めに世代交代が必要」と頭では分かっていても、経済的な理由がそれを阻んでいる。

蓮台寺柿の地区全体を見ても、農業の後継者不足は深刻だ。手伝い程度の人はいても、本業として引き継ぐ人はほとんどいない。30年以上前から、すでに後継者不足は問題となっていた。
田んぼや畑はまだあるものの、「手伝ってくれ」という声はよく聞くが、本格的に引き継ぐ人は少ない。農地は残っていても、それを管理する人がいなくなりつつある現実がある。

高付加価値をつけるためには、どうすればよいのか。生産者が直接価格をコントロールすることは難しい。市場との交渉も、農家個人ではなくJAを通じて行われる。しかし、蓮台寺柿は「本当にここにしかないもの」だ。ネギやハウス栽培の野菜のように、どこでも作れるものではない。この土地でしか作れない希少性がある。「土地の価値を売る」という意味では、ワインに似た性質がある。「産地があって、その土地がないと、ブランドができない」。まさにその通りで、蓮台寺柿もテロワール(土地の個性)を持つ農産物なのだ。

大西さんは76歳になった今も、毎日畑に立ち続けている。2ヶ月で18トンという圧倒的な作業量をこなしながら、次の世代への継承を願っている。

35年にわたって守り続けてきた蓮台寺柿。年に一度しかない収穫。人生であと何回、この柿を収穫できるだろうか。その問いは、すべての一次産業に従事する人々に共通する、重く、そして切実な問いかけだ。